前回の記事では、日本のフードテック界の代表的な企業として「BASE FOOD」をあげましたが、もうひとつ、スイーツ業界の気鋭のテック企業として『スナックミー(snaq.me Inc.) 』の名前がよくあがります。
スナックミーのメインサービスは、無添加のおやつをサブスクリプション形式で届ける「おやつの定期便」。
これは、毎月(or2週間に1度)8種の無添加のおやつがランダムに選別され届けられるサービスです。
おやつの好き嫌いなどを都度フィードバックすることで、回数を重ねるごとに高精度にパーソナライズされたおやつが届けられるようになる、とされています。
〝お菓子版Netflix〟とも称されます。
今回は、そんなスナックミーのビジネスモデルを、〝構造的に強靭な企業®(NVIC)〟という指標を使って分析してみます。
目次
〝構造的に強靭な企業®〟とは
〝構造的に強靭な企業®〟とは、NVIC(農林中金バリューインベストメンツ)の投資家・奥野一成氏の著書『ビジネスエリートになるために教養としての投資』という本で紹介されている企業分析のための3つの指標のこと。
投資を検討する際に〝その企業が長期的に利益を生み出せる可能性があるか〟をはかるために用いられます。
余談ですが、『教養としての投資』は、USJのハリーポッターのアトラクションを手がけたことで知られる日本で最も有名なマーケター、森岡毅氏も推薦している書籍です。よかったら手に取ってみてください。
本題に戻ります。
〝構造的に強靭な企業®〟の条件は、以下の3つ。
- 高い付加価値
- 高い参入障壁
- 長期潮流
この3つの指標の説明をしつつ、以下、スナックミーのビジネスモデルの強度について考えてみます。
『スナックミー』 は〝構造的に強靭な企業®〟か
スナックミー のサービスの特長は、以下5点に分解できます。
- 多様性:100種類以上のおやつ
- 更新性:スピーディな新商品の開発サイクル
- エンタメ性:お楽しみボックス
- 機能性:無添加のおやつ
- 適合性:パーソナライズされたおやつ
これらの5つの特長を、上でご紹介した〝構造的に強靭な企業®〟の3つの指標に照らして分析してみます。
「高い付加価値」はあるか
最初は、「高い付加価値」について。
『教養としての投資』のなかでは、〝高い付加価値とは、「本当に世の中にとって必要か?」ということ(p146)〟と説明されています。
要は、需要があるのか、ということです。
以下、僕なりの結論を先に図にしておきます。

1.多様性 と 2.更新性
まず、「1.多様性」と「2.更新性」を考えます。
僕も普段お菓子を扱う仕事をしていますが、お菓子のマーケティングが他の食べ物(米やパン、肉、野菜など)と違って難しい点は、「リピート率の低さ」です。
毎日同じ食パンや米を食べることはあっても、毎日同じチョコレートやアイスを食べることはほとんどありませんよね・・。
(肉や野菜、卵なども毎日ではないにしろ、ルーティーンの頻度はお菓子よりは高いです)
顧客のインサイトとしては、同じものだと飽きるので毎回違ったものが欲しい、というのが強くあるかと思います。
スナックミー では、企画のペースが速く、凄まじい頻度で新商品が生まれています。
公式のインスタを見るとわかりますが、いくつもの企画が並行して動き、数週間、速いときには数日おきに新商品が登場しています。
「1.多様性」と「2.更新性」については、「高付加価値」と言えるかと思います。
3.エンタメ性
続いては、「3.エンタメ性」。
こちらについては、〝人による〟のではないかな、というのが正直なところです。
シークレットに選別された8種のおやつが届くことにわくわくを感じる人もいるでしょうけれど、できることなら自分で選びたいという人もいるはず。
個人の嗜好に左右される部分が大きいかと思います。
4.機能性
また「4.機能性」については、前記事にも記載した通り、健康志向はこれからさらに強まっていくと予想されます。
ここは〝高付加価値〟と言いきれるポイントです。
5.適合性
最後は「5.適合性」。
こちらについては、プログラム(AI)の精度による・・・というか、本当にそんなことが可能なのか、という疑問があります。
高精度のパーソナライズとは、例えば「チョコレート味のフィナンシェが好きでイチゴ味のダックワーズが苦手な人は、塩大福が好きな傾向にある」というようなことを統計的に出していくことかと思います。
・・・ですが、大量のデータを集めてその確率が100% or 0%に極限まで近づかないことには断定できないわけです。
(50%に近い場合は、どちらの可能性もあるということなので、〝よくわからない〟と言っているのと同じです)
好き嫌いのポイントも、味なのか、食感なのか、食後の爽快感なのか、見た目なのかなどそれぞれですし、このデータを正確に分類するのは難しいような気もします。
そもそも、人間の趣味嗜好には環境によって後天的に作り変えられていく側面があることを考えると、過去の自分の嗜好に合わせて高精度にパーソナライズされることを本当に人は望むのか・・・という哲学や生物学につながる泥沼化した問いに帰着してしまいます。
もっとざっくりと、アレルギー成分などが含まれるものが届かないようにする、などの消去法的なパーソナライズであれば確実な付加価値があると思います。
ビッグデータに基づく高精度な〝お菓子のパーソナライズ〟が「高付加価値」と言えるのかどうかについては、実現可能性も含め、よくわからない、というのが今のところの僕の結論です。
「高い参入障壁」はあるか
次は、「高い参入障壁」について。
(参入障壁という言葉については、説明するまでもないと思いますので省略します)
こちらも、僕なりの結論を先に図にしておきます。

1.多様性 と 2.更新性 と 3.エンタメ性
「1.多様性」「2.更新性」「3.エンタメ性」の3つについては、総合的に考えて、参入障壁が〝高い〟と思います。
なぜなら、スナックミー のビジネスモデルを回していくのはとても面倒で手間がかかるからです。
スナックミー は日本中のお菓子メーカーや自社で、無添加のお菓子の開発に日々取り組んでいます。
スターバックスのフラペチーノのように、せいぜい1~2ヶ月にひとつの新作を出す程度であれば参入障壁はそれほど高くないかもしれませんが、スナックミー の場合は同時並行で高速に複数種のお菓子を開発し続けています。
同じく商品数が多いお菓子ショップにKALDIなどもありますが、そこと違うのは、スナックミーは手がける全ての商品がオリジナルの自社ブランドという点です。
そして、異なる8種のお菓子を個々人の適性に応じて(この辺りは「5.適合性」も絡んできますが)、毎月もしくは2週間に1度配送しなければいけません。
想像しただけでもすさまじく手間のかかる作業です。
こう考えると、「効率的にマネタイズしたい」という理由でスナックミーのビジネスモデルを真似するのは合理的ではありません。
マネタイズとは違う部分でこのビジネスモデルへの信念をもっていないと、そもそも参入しようという気にすらならないと思います。
その意味で、参入障壁は高いと思います。
4.機能性
続いて「4.機能性」について。
こちらについては、参入障壁としては比較的に低いと思います。
スナックミー では、人口添加物、白砂糖、ショートニングなど、使用禁止の成分が明確に決められています。
少し甘味が落ちるなどが許容されるのであれば、たとえばバームクーヘンをつくるときに白砂糖を甜菜糖に置き換えるなどして商品化するのはそれほど難しくはないでしょう。
5.適合性
最後は「5.適合性」。
こちらは、上で述べたように高精度にやるとなると大量のデータが必要ですし参入障壁が上がります。
ですが、除外したい商品や成分をユーザーに選択させるだけなら簡単です。
スナックミー がうたう〝パーソナライズ〟が、どこまでの「それ」なのかはわかりません。
ですから、ここは保留にしておきます。
「長期潮流」はあるか
最後は「長期潮流」について。
これは少し難しい概念で、「教養としての投資」では、以下のように述べられています。
では、本物の長期潮流とは何か? これは「不可逆的であると言い切れるもの」だと思っています。不可逆、つまり元には戻れないものということですね。
「教養としての投資」p155
〝不可逆〟の例として、この本では「世界の人口は増加していく」や「国家財政は悪化していく」などをあげています。
この定義に則すと、スナックミーの5つの特徴に関して言えば、「4.機能性:無添加のおやつ」以外は長期潮流があるとは断定しにくいかと思います。

前記事でも述べましたが、時代を経てテクノロジーが発達していくことで、健康の〝正解〟がより具体的に定義されるようになっていきます。
そうなると、人々はより具体的に健康を志すようになる。
「テクノロジーが発達していく」は不可逆的な長期潮流ですから、「人々はより健康志向になっていく」も長期的な傾向だと断定できると思います。
その他「1.多様性」「2.更新性」については、お菓子に限らずあらゆるものが日々アップデートされ、新商品が次々と生まれていく傾向にありますが、「長期的にみて、この傾向が不可逆的に加速していくのか」と聞かれると、僕の知見では断定できません。
お菓子にしても、今後、新商品よりも定番への回帰に向かう可能性があります。
トレンド(時代)に左右される場合は「長期潮流」とは呼べないので、これは保留にしておきます。
また「3.エンタメ性」については長期潮流とは言えません。
お菓子の消費スタイルが、お楽しみ路線(何が出るかわからない)に不可逆的に進行しているとはとても言えないでしょう。
(上で述べたように〝人による〟項目は、長期潮流とは呼べません)
また「4.適合性」については、健康の文脈で、より個人に最適化されたお菓子が求められるようになる、であれば、長期潮流といえそうです。
例えば、〝糖尿病患者用のお菓子〟などです。
ですがスナックミーは、健康の文脈ではなく、味覚や食感などのパーソナライズをうたっています。
ご試食頂いたスナックの味覚や食感などを手引に従い、マイページに入力し評価をしていただくことで、次回のお届けよりお客様ごとにパーソナライズしてお好みに合ったスナックをお届けすることができます。
これは長期的に不可逆的な傾向とは現時点では断定できないので、保留にしておきます。
まとめ
以上をまとめると、以下の図のようになります。

これで何がわかるわけではないのですが、『教養としての投資』をもとに投資家目線でプロダクトやサービスを分解して考察してみると、みえてくることもあります。
いろいろ考えて思ったのは、スナックミーは、お菓子そのもののアップデートよりもエンタメ性に重きを置いた企業という点で、パンやパスタを販売する日本の「BASE FOOD」やアメリカの代替肉メーカー「ビヨンドミーツ」とは異なります。
スナックミー は、上でも述べたように、人口添加物、白砂糖、ショートニングなどを使用しない、という一定の条件がクリアされたお菓子であれば手広く商品化しています。
今のところ、開発されたお菓子そのものに革新的なテクノロジーが使われているというよりは、〝何が届くかわからないシークレットな体験〟が最大の価値とされています。
今後、よりエンタメ性やお菓子のバラエティに振っていくのか、それとも〝健康=無添加〟路線でのテクノロジー重視の商品開発に力を入れていくのか、あるいは両方なのか・・・。
楽しみです。
引き続き、動向を追っていきます。